Tama no Ayumi -Rail-

国立駅のレール柱

　　　　　　　　　　　　　藤　原　惠　洋

　1、はじめに

　現在のＪＲ国立駅舎は一九二五年（大正十四）四月一日に竣工したものである。ほぼ直角の三角屋根に縁取られた南立面の破風面を飾るアール・デコ風のめくら窓やロマネスク調の半円形窓によるファサード（正面）構成は、若干の改修を受けながらも竣工当時の姿をよく残している。箱根土地会社による開発を受け大正末期に忽然と浮上した「国立学園都市」は、中央線に設けられた当駅舎を表玄関とし多くの人々を郊外の理想郷へと誘ったが、彼らに国立の第一印象を送り続けたのも当駅舎のファサード・デザインであったと言えよう。
　ところで一九八〇年（昭和五十五）に刊行された日本建築学会編『日本近代建築総覧』は「河野某」を設計者に、また「ライト式建築」を備考にあげた。が、その設計者の人物像、及び、帝国ホテル（一九〇一年－大正十二－竣工、現在は明治村に玄関部を移築保存）設計者であったフランク・ロイド・ライトの影響下に広がったという「ライト式」云々の由来は明らかではない。また構造概要は主屋のみを木造一階と示したが、実際には主屋南口前面の庇部構造材やホーム上屋の構造材の一部に古レール（鉄道関係者は“発生レール”と称す）使用が見られる。
　建物は町行く人々に共通の記憶を与える因子であり、それが国立の顔とも言える存在であるのならばなおさらのこと、多数の記憶の共通項に位置した建物としていつの時代に向けても語り伝えていかねばならない。とりわけ変化が著しい駅前にあって、竣工以来六〇有余年を生きた時間的経緯は貴重であり、今や国立開発史研究にとって欠かすことのできない歴史的遺産と言える。が、先にあげたように、建物の設計経緯、意匠分析をはじめ数多くの課題が残されており後考を待つ必要がある。
　そこで本稿は、とくにこれまで触れられたことのなかった古レール材に着目し、その観察と考察を通し、国立駅の持つ歴史的価値に新たな側面を与えることを目的とした。具体的には、現存する古レール材を観察調査し、その製造元・製造年月日等の確定と当駅への使用背景に関する論考を行なう。

　2、古レール材の観察調査
　　　　　方法と分析手法

　鉄道用レールは、長尺である点、また断面係数や強い材質等の特性を生かし鉄道関係建物や施設の構造材として用いられることが多い。なかでも駅舎建物の柱・梁材やホーム上屋の柱・梁材として用いられたものは目視による観察が容易である。
　再利用された古レール材の観察に当たって重要な点は、Ⅰ型断面の中央腹部（ウェッブ）面に浮彫り状に陽刻された標記（ブランディングもしくはロールマーク）を判別するということであろう。そこには多くの情報が記載されており、製造元・販売元・発注元の名称、製造年月や製造方法の種別から単位長さ当たりの重量や断面規格といった性能面まで明らかにすることができる(1)。これはレール材が、中間加工を必要とする他の鉄材と異なり、直接製造元の製鉄所から現場に送り届けられる製品であったためである。しかも乗客・貨物輸送の安全性・機能性等に直接結び付く現場であったからこそ、製造責任と品質保証が明らかにされる必要があった。「そのレールの寿命の存する限り読み取れるものでなければならない」と示した仕様書も外国には見られるという(2)。
　そこで本調査では、国立駅舎周辺に現存する古レール材の標記を観察し、文献調査を加えその情報解読を試みた。これら文献資料として用いたものは末尾に紹介した。

　3、現存古レール材の
　　　　　観察調査の結果

　目視観察の結果、国立駅舎内部における古レールは次の①②③の三箇所に集中して見られる。但し、調査は特別な許可を必要とせず、駅を利用する乗降客が同様に観察できる箇所を対象とした。
　したがって事務室内部・関係施設内部の調査は行なっていない。また、レール表面は厚く塗り重ねられたペンキや、煤・芥塵による汚れも目立ち、標記の痕跡は認められるものの内容の判別が不可能な場合も多く、本稿においては不明と記した。また、文字の存在が判るものの判読不能のものは、とくに□と記した。

①南口前面庇部から改札口上部へ続く屋根架構材として用いられたもので、前面庇部と側面庇部に分かれる。いずれも二本を併せ柱部と梁部を構成している。
②上りホームへの階段出口を覆う上屋の構造材として用いられているもの。二本のレールを組み合わせている。
③下りホームへの階段出口を覆う上屋の構造材として用いられるもの。二本のレールを組み合わせている。
　各場所で観察された古レールの標記内容は次の通りである。
①前面庇部
　柱が四本たつ。西側から順に(a)(b)(c)(d)と称すれば、その南（外)側柱・北（内）側柱の各々で確認された標記は以下の通り。なお梁材は判明箇所のみに触れた。
(a)いちばん西側の柱
　南（外）側柱：〔UNION〕の標記を確認。前後に文字は認められるものの判別不能。ウニオン社はドイツを代表する製鋼所である。
　北（内）側柱：〔CARNEGIE〕の標記を確認。前後の文字は認められるもののほぼ判別不能で、製造年を示す数値を辛うじて〔18□□〕と判読した。
　カーネギー社は鉄鋼王アンドリュー・カーネギーによって創立された製鉄会社。一九〇一年にはモルガン財閥に譲渡され、これが母体となってUSスティールが設立されたが、その製品の標記には一九二〇年代までカーネギーの名が刻まれている。
(b)西から二番目の柱
　南側柱：〔CARNEGIE 1905 ET〕の標記を確認。ETは、カーネギー社エドガートムソン工場の頭文字。製造年は一九〇五年（明治三十八）。
　北側柱：〔UNION D 1887 W.T.K.〕の標記を確認。Dはウニオン社のドルムント製鉄所製造のものに付された印。製造年は一八八七年（明治二十）である。

(c)西から三番目の柱
　南側柱：〔□□□□ ILLINOIS STEEL Co SOUTH WKS 1898〕イリノイスティールは、一八八九年にシカゴ周辺の製鋼業者が合同設立した製鉄会社であり、フェデラルスティールを経て後にUSスティールへ発展吸収された。シカゴには南・北に工場があり、これは南工場を示している。
　北側柱：不明。
(d)いちばん東側の柱
　南側柱：不明。
　北側柱：〔BV & Co 1888〕BVは、イギリスの「Bolckow,Vaughan & Co.」でボルコウ・ボーンと呼ばれる。ミドルスボローにあり、一九三〇年にはドーマンロング社に吸収合併された。
①側面庇部
　南口改札上部を見上げると、屋根部は①前面庇部と構造が別になっている。
　駅舎本屋に添った西側柱を(a)、東側へ(b)(c)とすると、標記は以下の通りである。
(a)いちばん西側の柱
　南（外）側柱：不明。
　北（内）側柱：「工」の陽刻文字のみが判読される。このマークは元来、明治期工部省のものとして成立したものを一九二〇年代から鉄道省用に用いられたものである。一九〇〇年製造のカーネギー社のものから輸入レールに刻まれた。
(b)西側から2番目の柱
　南側柱：〔BARROW STEEL 1884 N.T.K.〕バーロウ・スティールは、イギリスのカンバーランドの「BARROW HEMATITE STEEL」社（HEMATITEは赤鉄鉱）のこと。同社のものは一八八〇年代から一九〇〇年代にかけて大量に日本に輸入されており、これは一八八四年（明治十七）のものである。末尾の文字は発注者を示すが、この時期のNTKは日本鉄道会社を指す。これは関東から東北へかけ広い線路網を生み出したが、開業が上野―前橋間明治十七年八月二十日のことであるから、このレールは日本鉄道創業期のものであると考えられる。
　北側柱：〔Ｓ 1905〕四方に刺をもった○にSの印は官営八幡製鉄所のものである。同所でレール製造をはじめたのは一九〇一年（明治三十四）十一月。マークはそのままで、一九三四年二月に日本製鉄へ、さらに戦後一九五〇年四月発足の八幡製鉄となった。そして一九七〇年に富士製鉄と合併のうえ新日本製鉄になっていく。ちなみに新日鉄のマークは八幡時代末期の刺なし曲辺菱形のものを使用している。一九〇六年（明治三十九）三月三十一日に鉄道国有法が公布されるから、このレールは私鉄発注時代末期のものと言えよう。
　梁材：〔CARNEGIE TOUGHENED〕カーネギー社のレールで、とくにTOUGHENEDは「強化鋼」という商品名である。
(c)いちばん東側の柱
　南側柱：不明。
　北側柱：不明。
②のぼりホーム
　次の三社の標記が確認された。
〔CAMMEL藉. TOUGHENED STEEL〕イギリスのキャンメル社製造のもの。Sはシェフィールド（SHEFFIELD）の頭文字。TOUGHENEDも後には消えており、これは一八八九～一八九〇年頃製造の標記上の特徴という。
〔1907 OH TENNESSEE〕アメリカのテネシー社。製鉄・炭礦・鉄道を経営した会社で、一九〇七年にUSスティールに発展吸収された。OHは平炉（Open Hearth）を用いた製造方法を指す。戦後はLD（純酸素上吹き製鋼法）に変わっていった。
〔CARNEGIE〕カーネギー社の銘で、製造年は判読不能。
③くだりホーム
　以下の二社のものが判明した。

〔COCKERILL ―ⅩⅡ―1926―60LBS―ASCE IJGR〕ベルギーのジョーン・コッケリ社一九二六年十二月製造のもの。60LBSはレールの単位長さ当たりの重量を示す数値で、これは一ヤード当たり六〇ポンド。ASCEはアメリカ土木学会規格の断面を指す。IJGRは発注元の国鉄を示すものでIMPERIAL JAPANESE GOVERNMENT RAILWAY（日本帝国政府鉄道）の略である。ちなみに、その他IRJ、IJR、IGR、IGJRの確認が伝えられており、IJGRはフランス、ベルギー等の一九二〇年代製造のものに多いという。また製造年に関しては一九二七年頃から国産品でほとんどをまかなうようになるから、これは輸入品末期のものである。
〔Ｓ 192□〕〔Ｓ 1923〕一九二〇年代八幡製鉄所時代のもの。

　4、使用背景の考察

　新橋－横浜間が一八七二年（明治五）に開通して以来、鉄道敷設は専ら政府が担当したが、西南戦争（一八七七年　明治十）の頃、財政的に窮地に陥った政府は民間資本導入を積極的にはかる。代表例である一八八三年（明治十六）開業の日本鉄道が大きな収益を誇ったため、私鉄設立の願書が殺到、甲武鉄道もそれに続いた。既設の日本鉄道新宿停車場に接続し八王子までの二十三㌔余を結ぶ鉄道路線として許可され、一八八九年（明治二十二）八月十一日に開通。工事は鉄道局に委託され、一八八八年（明治二十一）一月より六月まで測量実施の後、同年九月から翌年七月にかけて軌条敷設が行なわれた(3)。当時の鉄道建設にはレールを含め外国製品が欠かせなかったが、甲武鉄道も例外ではなかったと考えられる。
　開業後、一九〇六年（明治三十九）に鉄道国有法が公布、翌一九〇七年にかけ代表的な私鉄が国有化された際に甲武鉄道も国鉄中央線になった。こうした主要線のレールはすでに一九〇一年（明治三十一）以降、八幡製鉄所の国産レールに切り替えられはじめていた。国鉄職員OBによれば「大正八年頃、不用品整理の名の下に全国に散在した資材を売却処分したのも、大戦争がもたらした過剰品の処分に他ならない(4)」という。レール国産化は、一方で明治期以降の古レールを全国的に生み出すこととなったが、まだ使用可能なものは積極的に再利用されていった。しかも大正期には過剰品として全国的に流通していたことがわかる。元国鉄常務理事今岡鶴吉は「昭和のひとけたの頃、国鉄で何か一寸した構造物を計画するときにはまず古レールが使えないかということをやかましくいわれたものだ(5)」と伝えており、国立駅が建った頃の状況を知らせている。これらは国立駅のみならず古レールの再利用が広く行なわれたことを示すものであるが、同時に古レールを再利用するに当たって、当初使用された場所でそのまま再利用されるだけでなく、全国的な広がりの中で用いられたことを教えている。そのため、現在の国立駅で観察される古レールの最初の使用地を特定することは困難である。

　5、まとめ

　現在の国立駅には、確認可能なもので九社一六種類のレールが観察された。このうち五本は一九世紀のものであり、また八幡製鉄所以外は外国製でありイギリス・ドイツ・アメリカ・ベルギーが確認できた。甲武鉄道敷設に当たった明治二十年代初期の鉄道局は、主にイギリス・アメリカのレールを用いていたが(6)、①前面庇部(d)のBV社のもの、②のCAMMELL社のものがこれに符合する。しかし構内に見られる標記情報は多岐に広がり、こうした建設期との詳細な対応関係に関する考察は後考を必要とする。すなわち、今回の調査は目視による観察調査によったため、文献調査・聞き取り調査を加えていけば、これらの古レールの初期使用地の特定も進む可能性がある。現存する古レールを通した史的情報の解読が進めば、近代鉄道網の形成過程を知るばかりでなく、大正末期に新設された国立駅の建設史に新たな視点が投じられることとなる。このように、容易に見ることができる身近な古レールにも歴史遺産としての役割が潜むのである。

●参考文献
①　野村龍太郎「論説及報告　甲武鉄道」『工学会誌』第一一〇巻一八九一
②　工学会『明治工業史　鉄道篇』一九一二
③　『帝国鉄道大観』運輸日報社一九二六
④　日本国有鉄道『日本国有鉄道百年史』一九七四
⑤　栗原利喜夫「国鉄創業当時のレール」『産業考古学』第七巻　一九七八
⑥　西野保行・淵上龍雄「レールの趣味的研究序説」（上）（中）（下）（補遺）（再補・上）（再補・下）『鉄道ピクトリアル』№三二九―№三三一、三四一、三八三、三八四、鉄道図書刊行会　一九七七～一九八一
⑦　西野保行・小西純一・淵上龍雄「日本における鉄道用レールの変遷―残存する現物の確認による追跡―」『日本土木史研究発表会論文集』土木学会一九八二
⑧　西野保行・小西純一・淵上龍雄「日本における鉄道用レールの変遷―残存する現物の確認による追跡（第2報）―」『日本土木史研究発表会論文集』土木学会一九八三
⑨　『近代土木技術の黎明期　日本土木史研究委員会シンポジウム記録集』土木学会　一九八二
⑩　日本国有鉄道編『国鉄の回顧　先輩の体験談』社団法人日本交通協会　一九五二

●引用文献
(1)　西野保行・淵上龍雄「レールの趣味的研究序説」上記⑥文献
(2)　西野保行・小西純一・淵上龍雄「日本における鉄道用レールの変遷」上記⑦文献
(3)　野村龍太郎「論説及報告　甲武鉄道」上記①文献
(4)　日本国有鉄道編『国鉄の回顧　先輩の体験談』社団法人日本交通協会　一九五二　p三六
(5)　西野保行・小西純一・淵上龍雄「日本における鉄道用レールの変遷」上記⑦文献
(6)　西野保行・淵上龍雄「レールの趣味的研究序説」上記⑥文献

ふじはら　けいよう
千葉大学工学部
工業意匠学科助手
埼玉県越ヶ谷市在住